公方屋敷

別名-  付近住所 滋賀県甲賀市甲賀町和田  現在- 
2009/8/17 案内板アリ


足利義昭  この屋敷跡は、室町幕府の将軍足利義昭が、一時 居した屋敷跡であり当時の将軍は公方と呼ばれることから地元でも公方屋敷と伝えている。
 室町時代末期は、政権が不安定で将軍義輝が三好、松永らによって殺害されるが、奈良興福寺一乗院の門主足利覚慶(義輝の弟)は身の危険を感じて、当地城主和田伊賀守惟政に奈良を脱出させてもらい、本屋敷に亡命した。
 その後に、和田氏領野洲矢島に移り六角氏、浅井氏などに援助を申し入れるが断られ、ついに信長によって室町幕府最期の将軍として奉じられ上洛する。この遺跡中央に庭園跡、周囲に屋敷跡が残っている。